冠者社(かんじゃのやしろ)

更新日:2023年03月31日

大きな2本の木の後ろに見える白い外壁の建物で、正面中央に鐘紐が下がっている冠者社の外観写真

立科町野方にある冠者社は立科山略伝記には「木曽冠者(きそかんじゃ)義重の霊社(みたまやしろ)なり、義重は旭将軍木曽義仲の嫡子(ちゃくし)にて旭三郎義基の兄なり、父、義仲木曽に隠れ、また小県郡依田の城にこもり蓼科山の大神(たいしん)に武運を祈り果して北陸道に雷奔(らいほん)し帝都に旗を立て旭将軍に任じ粟津ヶ原(あわづがはら)に於いて戦死の後、義重故郷に隠れ病にかかりて卒死し給ふ、其の霊(みたま)を奉拝社(いつきまつるやしろ)なり、永禄年中木曽左馬頭(さめがしら)修造せしむ、

家集 定家卿
霜さゆる
あしたの原の
冬かれに
一はな咲るや
やまとなでしこ

信明集 信明朝臣
ながき夜を
君と二子の
山のねは
あしたはしらず
朝きりぞたつ

あしたざかといふ地名の甜嶺(てんみね)の傍(かたわ)らにあり。」とある。

後に義重の家臣が、部落の鎮守神として奉祭(ほうさい)した。鎮守社としては広大なものである。社殿は二間半、四方籠殿は間口四間半、奥行二間である。

例祭は8月20日である。

地図

冠者社の場所を赤丸で示した地図

所在:大字芦田1233-1

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