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姉妹都市 |
交流のあゆみ オレゴン市-立科町交流経過 提携の動機と経過1970年より立科町では、若者達の国際意識を高めることを目的として、国内外の外国人との交流会(国際学級)を毎年開催してきました。その間、オレゴン市コミッショナー、パロット氏の娘婿であるスティーブン・フリーナー氏が当町の国際学級に参加し、同氏が本国に帰国の際、オレゴン市長をはじめ、同市の若者の組織及びマスコミに立科町を紹介しました。1974年オレゴン市の顧問がクレムセン市長の書簡を持って当町を訪れ、立科町長に姉妹都市提携を申し入れました。同年8月7日オレゴン市委員会(議会)より姉妹都市提携の議決書が送付され、同年9月4日立科町議会が議決し両市町の理解と発展、永久の友情を誓い合いました。 Oregon city -オレゴン市-オレゴン市は人口約2万7千人で、アメリカ西海岸のオレゴン州に位置しています。 その歴史は古く、ロッキー山脈西部で最初の開拓者によって成長した市であり、西部のいかなる共同体よりもいち早く組織体として落ち着いた都市でもあります。1948年にはアメリカ西海岸一帯の行政の中心地となり、最初の法廷が開かれた他、西部最初の新聞を発行。また、学校や図書館・造幣局・監獄・記録所・本屋・ホテル等はすべてオレゴン市が発祥の地です。1850年2月1日、サンフランシスコ市の最初の行政要綱も、オレゴン市で公表されました。産業では、木材による製紙業やりんごの栽培が盛んで百有余年の伝統があります。また、同市に広がる段丘を有効に利用し、その上部に住宅地域、下部に商業地域を整備。中間には市民の足を確保するため長さ約30フィートの市営エレベーター「垂直の道」を設置し、生活面でも快適な街づくりを進めています。ウィルテミテーの滝岩等風光にも恵まれた美しい自然と歴史の街でもあります。
1980年 両市町が永遠の平和を誓い、友情を認め合ったことを記念し、両市町に友好の記念碑を建立しました。 上原町長がオレゴン市を親善訪問した際、ブロンズ製の誓いのプレートを持参し、これに対しオレゴン市からも同様のプレートが送付されました。オレゴン市は市役所に、立科町では中央公民館横に設置しました。 1987年7月29日~8月5日 オレゴン市での日本庭園献納式(地鎮祭)に参列するため、町民29名が訪問しました。 訪問者は、オレゴン市側の希望に応え、浴衣・下駄姿で式に参列し、市民から好評を得ました。 そして、翌年の日本庭園竣工には、オレゴン市民の皆さんの努力に敬意を表すると共に、日本とアメリカ両国が永遠の平和を求める努力の象徴として、立科町より石灯篭を贈呈しました。 1992年5月25日~6月1日 オレゴン州ポートランドで毎年開催されているローズフェスティバルにおいて、日米間の文化・スポーツの交流イベントとして、ジャパンウィークが開催されました。 オレゴン市より、このイベントへの招待を受け、立科町から太鼓奏者と公募町民の総勢31名がオレゴン市を訪問し、会場やスターライトパレードで御泉水太鼓を勇壮に響き渡らせ、観客を魅了しました。 1996年~ 次世代を担う若い世代に、海外生活をとおし国際感覚を身に付けて頂くことを目的に、立科中学校2年生のオレゴン市派遣事業を行なっています。 この事業は、オレゴン市姉妹都市委員会にホストファミリーを手配頂くなど、全面的な協力を得て行なわれています。 1997年~ 中学生の語学力向上、両市町の親善交流を深めることを目的にオレゴン市より姉妹都市親善大使兼AET(英語教育指導助手)を招致しています。 親善大使の人選については、オレゴン市姉妹都市委員会に協力を頂いており、滞在中には、当町の小中学校や、公民館事業等での英語指導で活躍しています。 |