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史跡 |
与惣塚(よそうづか) 立科町蓼科地区にある与惣塚は大化の改新以前に西国(さいごく)より東国(とうごく)にむかう道がすでに踏み分けられそれらの古道(こどう)を改修して東山道(とうさんどう)は信濃を通過するが京から近江(おうみ)、美濃(みの)を経て信濃に入り上野(こうずけ)、下野(しもつけ)を経て陸奥(むつ)の国に達していた。 この地を通過する道は、律令が制定される以前の道で古代東山道と言われている。 与惣塚は、旅人や地方の者がここにさしかかるとき蓼科山の偉大な自然の姿に神秘さを感じ敬虔(けいけん)の念から祈りを捧げ、この地に社を建て古代から近世初頭まで祈願が行われた祭祀遺跡である。 昭和41年の発掘調査でこの付近や塚から神に奉祀した滑石製の勾玉(まがだま)、臼玉(うすだま)、剣有孔、円板(えんばん)、古銭(こせん)、銅板(どうばん)、釘(くぎ)などが収集され、この付近の原を勾玉原(まがだまはら)と称している。また、与惣塚にまつわる伝説なども多い。与惣は伝説中の人物の名でもある。 地図 |