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立科町の民話 |
宇山せぎの話宇山堰の末のかにくぼは毎年のように水のなやみがくりかえされたな―。 西峯をくだって来た堰水(せぎみず)は、菰連(こもづれ)で三合、大峯で一升、日蔭で三合、丹後で三合、道祖神で三合、小深山で三合、矢原で一升と桝口よりおとされると、かにくぼの北沢にとどく水の量はなさけないほど少なくなってしまう水を、かにくぼの上の北沢へいくのだが「出ぬけ三合」といって、こんな出こぼれのあまり水しか、なかった。かにくぼの人たちの、水をのぞむ願いはどんなに大きかったか。今じゃ思いもよらんだろう。 あまり水のわずかな水を、かにくぼ、あとくぼ、五輪、泥ヶ沢の田へおくらなければならん。 田に水をいれる時になると、せぎの上の方の田から水を入れはじめる。水番の人が順番をきめて、水のくばりぐあいを見まもらなければならん。どうしてかというと、せぎの水をとめる石や板をずらして、水がはやく自分の田にくるように、きまりをやぶる人がいるのでなあ。それもしかたないことだが。いねをうえる時に水がなく、うえることができなければ、これから生きることができんからな。水にはいのちがかかっている。 田植えの時がきた。水はさっぱりこない。水口の上の方の田から水をいれるきまりは前からきまっている。すこしでもいい、水さえきてくれれば、あぜぬりができる。 宇山堰からくる水は、かにくぼにとっては命の水だでなあ。 宇山堰はたてしな山のわき水を、とおくとおくひいて来ている水だ。ごろ場の岩場を「しばとい」という。苦労をかさねて、たてしな山の水をひいてきたでなあ。長い長い山肌をほりぬき、ほりわけ、西嶺の上までひっぱり、それから、芦田川の西がわを、宇山にあげる。そのせぎあとを、たどって見ると、宇山せぎのつくった人たちの、いちずに水がほしいという願いを、ひしひしと感じるなあ。 みんなのためにこの水をという宇山せぎの願いは、たびたびの大雨でくずれただと。 しかし、それでくじけてはと、たちなおった村人は、大雨でくずれた堰のなおしにかかった。その時、出ていったかにくぼの人たちは、どうか水をうちの部落へもと、願いながら、須沢で四泊五日つとめ、たてしな山のがけのふしんでは、六泊七日を山ですごして、がけくずれ、山くずれをなおした。 みんなでひいてきたたてしな山からの水は、かにくぼへとどくときは、ほんのわずかな「出ぬけ三合」になっていただ。 教育委員会 社会教育係 |