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道ばたのほとけさまたち

[2016年3月30日]

ID:294

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挿絵

むかしむかし、あるところに、とても心のやさしいおじいさんとおばあさんが住んでいました。毎日毎日、田んぼや畑のしごとをしながら、ひまなときには「すげがさ」を作って町に売りに行ったりして、仲よくくらしていました。

やがて北風が吹きはじめ、雪のふる冬がきました。おじいさんとおばあさんは、いろりのそばで「すげがさ」を作りながら、お話をはじめました。

「おばあさんや。お正月も近いので、ぼつぼつお正月の用意をしなければいけないねぇ。」

「そうですね、おじいさん。ちょうどすげがさもできたことだし、これを町に持っていって、おもちやごちそうととりかえてきてくださいよ。」

次の日、おじいさんは、すげがさを持って町に出かけていきました。途中まで行くと、道ばたにいくつものお地ぞうさまが、なかば雪にうずもれて寒そうにならんで立っているのです。それを見たおじいさんは、かわいそうに思って、持ってきたすげがさを、ぜんぶお地ぞうさまたちの頭にかぶせてやりました。おじいさんはそのまま、町へ行かずにおばあさんのまっている自分の家にもどってきました。

「おばあさん。道ばたのお地ぞうさまが寒そうで、あまりかわいそうなので、すげがさをお地ぞうさまにあげてしまったよ。お正月のおもちは、がまんするとしよう。」

それを聞いたおばあさんは、

「おじいさん。これはよいことをしましたね。お地ぞうさまが、さぞかしよろこぶことでしょう。」と答えました。

あくる朝、おじいさんとおばあさんの家には、どんなできごとがおきたでしょう。

(かさ地ぞう)

立科のあちらこちらの道を歩いていると、そこここに、石のほとけさまがたくさん目につきます。わかれ道の石がきの上とか、村はずれの草むらのかげとか、人の目につきやすい場所などに古い文字をきざんだものや、一枚の石にふたりのほとけさまが仲よくならんでいるものや、首をかしげているほとけさまや、いろいろな石のほとけさまたちが、とてもたくさんあることに気づきました。もちろん、大昔からそのような石が、そのへんにころがっていたはずはありません。いつのころか、だれかが、何かをねがってこつこつと石に掘りつけたにちがいありません。それにしても、何となくほほえましい、あたたかな気もちを感じるのはなぜでしょう。お寺やお宮の中にまつられているほとけさま神さまとは別に、大空の下で何百年もの間、夏の暑さ冬の寒さにがまんしながら、雨や風や雪にさらされつづけてすりへった目や鼻などを見つめていると、知らず知らずのうちに、その顔をやさしくなでてやりたくなるではありませんか。なぜ、村の道ばたに、このような石のほとけさまたちがおいでになるのでしょう。どうしてなのでしょう。

昔の人々の生活は、今とくらべてたいへんなことでした。わたしたちには考えられないような、みじめなつらいできごとがたくさんあったことだろうと思います。

人間は、いつの時代でも自分の「ねがいごと」を考えるものです。病気やけがをしないでいつも健康であるようにとか、お金やざいさんがたまるようにとか、家族が幸せであるようにとか、いろいろな「ねがいごと」を考えるものです。皆さんも、たなばたの竹に自分のねがいごとを書いてつるすこともありますね。

それと同じように、昔の人々も、自分の「ねがいごと」を神さまやほとけさまに、たえずおねがいしておりました。何しろ、今のように世の中が開けていません。昔の生活はきわめて不便だったのです。ほとけさまにおすがりするよりほかなかったのです。

恐ろしい「はやりやまい」が広がると、村の人々はバタバタとたおれて死んでいきます。大雨や日でりがつづくと、田はたの作物は全めつし、浅間山の大ふん火が続くと、二年も三年も作物がみのらずに、村が全めつしたという話ものこっています。旅人が、大門峠あたりで吹雪にあい、日がとっぷりと暮れて道がわからなくなってしまったとき、どうしようもない恐ろしさ苦しさに出あったとき、人間はただ、神さまほとけさまに手を合わせ、いのちがけでおすがりするよりほかに、方法がなかったのです。

村のあちらこちらにある石のほとけさまを見つめていると、昔の人たちの気もちが伝わってくるような気になります。村の中に恐ろしい病気や、わるいあくまが入ってこないように、村の人々が毎日元気で働けるように、お米ややさいがたくさんとれて、村が豊かになり家族が幸せであるように、村を通る旅の人たちが安全で家へ帰れるように…道ばたのほとけさまたちは、雨風にうたれながら、何百年ものあいだ、村を守りつづけてきたのです。村の人たちも、自分だけの幸せでなく、まわりにいる大ぜいの人たちのために、他人の幸せのために、一生けんめい石のほとけさま(道祖神、馬頭観世音(ばとうかんぜおん)、庚申(こうしん)さま、十九夜さま、如来さま等)に手を合わせ、おすがりしてきたのです。そして、今でもおもちをついたり、ごちそうを作って、わら馬にひかせたり、子どもたちや、おばあさんたちが集まって、おねんぶつや昔から伝わっている歌などをうたうような行事が残っている村もあるのです。

今まで、道を歩きながらも、少しも気づかなかった道ばたの草にうもれている石のほとけさまたちが、実は、何百年ものあいだ皆さんの先祖を守り、村を守りつづけてきたのです。しかも、恵まれた豊かなこのような生活のできる、今の皆さんをも守っていてくれているのです。雨風にさらされて、すりけずられたような目もと、口もとをじっと見つめていると、

「どんなに苦しくてもつらくても、皆さんのおじいさんおばあさんは、人のため村のためにじっとがまんを続けながらがんばってきたのです。皆さんも、どんなに苦しくてもせつないことがあっても、皆さんの子どもや孫たちのために、じっとがまんし、歯をくいしばりながら努力してくださいよ…」

と、にこにこしながら、話しかけているような気がします。私たちも、近くにある石のほとけさまたちに、時々、野の花などをそなえてあげることを忘れてはなりません。

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